息をする。ものを書く。

皆さまお疲れさまです。
二年目です。

こちらは一昨日撮影した綺麗な花です。

恐らくペチュニアです。

 

つい先日、『九十歳。何がめでたい』を観ました。
断筆宣言をした90歳の作家・佐藤愛子先生と、今昔の価値観の違いに苦しむ編集者・吉川真也氏のお二人のやり取りをメインに描かれたお話です。

ストーリーについては実際に観て知っていただきたいので、佐藤先生のことを一点だけ。

 

筆を折ったら老人性うつ病になる。連載依頼を持ちかけられると「書けない、書かない、書きたくない!」と何度も突き放すが、いざ書いてみるといきいきとしてくる。ここに佐藤先生の作家らしさが顕著に現れています。
しかし、それより前にも「作家」が感じ取れる部分はありました。

 

先生が執筆に使用していた机の状態を見れば一目瞭然でしょう。もう書かないと言いながら、机はいつでも書ける状態のままです。たった15年しか書き続けていない私ですらものを書かない日が続いたら落ち着かなくなるわけですから、人生の半分以上、執筆という行為と共に在った彼女が宣言通りに断筆できるはずがありません。

習慣と、未練です。もう嫌だと言いながら今まで使っていた絵筆を捨てない画家然り、辞めてやると言いながら毎日決まった時間に鍵盤蓋を上げて椅子に腰かけるピアニスト然り。すっかり息を吸うことと同然になってしまったそれは体に染みついていて、剥がそうとすれば痛い。それでもどうにか剥がして、そうしてみたら、あまり幸せではない世界が広がっている。一所懸命剥がしたはずのものは、ほんの少しの欠片が残ったまま。

 

とはいえ、書くって、ものすごく疲れることです。
苦しいなぁ。しんどいなぁ。でも、書かないと生きていけない。物書きなんてみんなそうです。
絵描きも、音楽家もそう。描けば、弾けばしんどいのに、描かないと、弾かないと、もっとしんどくなる。

プロもアマも関係なく、芸術家はみな等しく面倒です。

 

描く――といえば、『ルックバック』がついに上映開始となりました。怪物のような作家・藤本タツキ先生の漫画が原作の映画です。
漫画は読んでいて苦しくなる名作でした。一方の映画は、観ていて苦しくなる名作だと聞いています。

楽しみです。

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